最初の段階、というか、移動手段として車いすまでの乗り移りの訓練。ここができないとベッドで生活することになる、と脅される。真実だけどな。
「この程度、余裕でしょ」、と思うけど、当事者からすれば大変。まず、上体を起こしただけで、気持ち悪い。徐々に頭の角度、すまわち「脳を揺らす」ことがゆっくりであるほどダメージが少ないことがじょじょに分かった。看護士さんもPTさんも、誰もおしえてくれない。後日PTさんに聞いたら、千差万別で人によるけど、気持ち悪さと速度の関係はしらなかったと。
脳幹梗塞は延髄への血流が途絶えることで起き、呼吸困難、心臓が止まる等で極めて命を落としやすく、自分のように動ける人が珍しいと看護士さんが言ってた。
上体を起こしたら、力を入る左手を軸にして回転運動でベッドに90度になり足をベッドから出す。サンダルやスリッパのみ認められてなかった。靴のようにかかとのあるものは、頭を上下運動があるため、あの頃の自分には、負担になっていたと思う。そして自分の場合、右回転すると眩暈がひどかったので、ベッドの乗り降りはPTさんの指示で左側となった。
サンダルを履いたら、上体を前に倒して左手で車いすの手すりを持ち、左足に力を入れてお尻を車いすへ押し込む。ほんと最初のころは気持ち悪いし、身体が平衡感覚の喪失に慣れず、上下感覚が分からなかった。ふわふわしている感覚は常にあったから、乗り移るのも一苦労。でも、できないとベッドでの生活&介助と。
トイレくらいは自力でと思い、これを教えてもらってからは、看護士さんを呼んで車いすでトイレまで押してもらってた。トイレについてから便座への乗り移りも、ほぼ同じようにやってた。出たものを看護士さんに確認してもらい流してもらったうのは、精神的にきつかった。逆の手順でベッドに戻る。1回のトイレが15分最低とかなった。看護士さんが忙しいと時はトイレに放置とかあった。呼び出しのボタンを押すんだけど、ポツンとトイレにはいったまま。
吸引機はなかったけど、便器に口の中のもの、唾液かな、は吐き出してた。麻痺で吐くこともできなく人もいるなか、自分は吐けた。
今は退院したから良かったけど、あの頃は四六時中気持ち悪く、早く横になりたかった。車いすに座るのも、麻痺の影響もあり、前述の気持ち悪るさもあって、しんどかった。
コメントを残す